研究成果のポイント
- サケの産卵期における雌雄間の心拍変動(HRV)と自律神経活動の違いを再解析
- 雌では産卵直前に心拍数が低下し、産卵後に増加
- 雄では産卵後に心拍数が低下
- 産卵時に両性で一過性の心停止(cardiac arrest)が観察され、副交感神経の関与を示唆
- 薬剤投与実験により副交感神経遮断でHRVが抑制され心停止も抑えられることを確認
- これらの知見は、サケ類の繁殖生理の理解と保全戦略への応用が期待される
研究の背景
サケ類の産卵期は、個体の生存と繁殖成功に直結する重要なライフステージです。産卵期には大きな生理的・行動的変化が生じ、特にエネルギー消費や心臓・自律神経の適応が鍵となります。従来、心拍変動(HRV)は魚類の自律神経バランスを評価する非侵襲的な指標として活用されてきましたが、産卵時の性差や自律神経調節の詳細は不明でした。
実験方法
- 対象種:サケ(Oncorhynchus keta)雌6尾・雄5尾(ECGロガー埋込)、薬理実験用雌10尾
- 測定項目:
- 心拍数・心拍変動(HRV)(ECGロガーで連続記録)
- 産卵行動(ビデオ解析:redd digging、covering、quivering等)
- 薬理実験(副交感神経遮断:アトロピン、交感神経遮断:ソタロール)
- 解析方法:
- 産卵前後2時間の心拍・行動変化をタイムシリーズで解析
- breakpoints解析で心拍数の変化点を特定
- 群間比較は統計的に実施
主な結果
心拍変動の性差
- 雌:産卵前(82.3 bpm)→産卵後(86.2 bpm)と増加。21分前から心拍数低下、産卵時に一過性の心停止、その後回復。
- 雄:産卵前(74.7 bpm)→産卵後(67.8 bpm)と減少。産卵時に同様に心停止、その後も低値。
- 雌雄で心拍数とその変動パターンに明確な違い。
行動と心拍の関連
- 雌:産卵床掘り(redd digging)は産卵前に減少、covering(卵隠し)は産卵直後に急増。
- 雄:quivering(求愛震え)は産卵直前まで増加し、産卵後に急減。
- 心拍変動と行動パターンは完全には一致せず、自律神経の独立した役割を示唆。
薬理実験
- アトロピン投与(副交感神経遮断)でHRV抑制・心停止消失
- ソタロール投与(交感神経遮断)ではHRVの変動幅が増大
- 対照群では産卵直前にHRVが大きく変動し、産卵時に心停止
考察と意義
- 産卵時の一過性心停止は副交感神経活性化による生理的適応
- 雌は産卵前から副交感神経優位な調節に入り、産卵準備を行う
- 雄は産卵後に省エネ的な自律神経応答を示す
- 心拍変動と行動変化の乖離から、自律神経が運動以外のストレス応答・適応にも重要な役割を持つことが明らかに
- サケ類の性差や自律神経のダイナミクスの理解は、資源管理や繁殖成功率向上に寄与
今後の展開
- ECGロガーによる高精度生理データと、ホルモン・環境パラメータの多面的統合解析
- 他種・他環境との比較で適応メカニズムの一般性を検証
- 性差を考慮した資源管理や種苗生産・放流技術の開発への応用